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最高裁判所第二小法廷 昭和56年(行ツ)24号 判決

東京都文京区湯島三丁目二番一七号

上告人

漆原徳蔵

同所同番号

上告人

漆原徳光

東京都文京区西片二丁目二一番一二号

上告人

井沼良子

東京都文京区白山一丁目二三番一〇号

上告人

中村栄

右四名訴訟代理人弁護士

佐藤義行

東京都文京区本郷四丁目一五番二号

被上告人

本郷税務署長

竹原保

右指定代理人

古川悌二

右当事者間の東京高等裁判所昭和五四年(行コ)第六二号相続税課税処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五五年一〇月二一日言渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人佐藤義行の上告理由第一点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は、前提を欠く。論旨は、独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同第二点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鹽野宜慶 裁判官 栗本一夫 裁判官 木下忠良 裁判官 宮﨑梧一)

(昭和五六年(行ツ)第二四号 上告人 漆原徳蔵 外三名)

上告代理人佐藤義行の上告理由

第一、(貸宅地の評価)

一、原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令(憲法)の違背がある。

(一) 相続税法二二条は「相続……に因り取得した財産の価額は……取得の時における時価による」ものとしている。

しかし、この「時価」の客観的認識の可能性は極めて至難のことである。

このことは、同一の不動産について複数の不動産鑑定士に一時点の時価の鑑定を依頼した場合、一致した価額を得ることは、まずあり得ないこと、和解、調停を含む裁判手続の中における経験則に照しても明らかである。

(二) 右の如き統一的認識の困難な事柄について要件事実の認定基準を示すことによって税務行政庁の解釈取扱いを統一し、もって納税義務者間の負担の公平を図ると共に税務執行の効率化に資するべく、設けられたのが、「相続税財産評価に関する基本通達」(昭和三九年四月二五日直資五六、直審(資)一七)である。右通達(以下評価通達という)は、もとより、法源性を有するものではないが、西ドイツ財産税法、同評価法の如き法体系の欠落する我国の納税義務者は、相続税法第二二条にいう「時価」の認識、認定基準を右評価通達に求めざるを得ない。このことは、ひとり評価通達に限らず一般に公表されている税務通達は、申告納税制度のもとにおいて、納税義務者の重要な行為規範としての機能を果しており、(北野弘久編日本税法体系1五五頁)また戦後税務通達の大部分が公表されるに至ったのも租税法規の補充として、事実上規範的性格を有することを期すると共に税務行政庁側の公的見解を提示することによって、納税義務者に対し税務行政に対する予測可能性を与えたものということができ、このことがひいては、「税務通達は法社会学的には重要な法源性を構成している」(北野編前掲書五五頁)ということになる。

(三) ところで、本件第二審判決が正当として引用する第一審判決(以下、原審判決というときは、第二審判決が引用する第一審判決を指すものとする)も判決する如く、評価通達によれば、借地権の設定されている貸宅地の価額は、自用地としての価額から借地権価額を控除した価額によって評価し、右借地権価額は自用地としての価額に国税局長が別に定めている借地権割合を乗じて計算した価額によって評価するものとされており、また東京国税局長は本件土地を含む地域の借地権割合を八〇パーセント定めていることは当事者間に争いがない。

而して、評価通達も東京国税局長の定めも、「借地権」の概念並びに内容を限定せず、いわんや、ここでいう「借地権」は、標準的地代の範囲のものに限られ、地代の額が高額である場合には、ここにいう「借地権」に含まれないとか、借地権割合を異にする旨の制限をしていない。

してみると、評価通達にいう「借地権」も東京国税局長の定める借地権割合も借地法その他の民法レベルでの概念としての「借地権」を借用した概念を用いていることは明らかであり、一般に公表されている右評価通達を基準として相続税の申告をする納税義務者もまたこれを当然のものとして予測して相続財産の価格並びに税額を算出し申告していることは、いうまでもなく、上告人らもまた例外ではない。また、貸地の「時価」を評価するに当っては、借地権の設定によって土地所有者の「利用権」ないし「使用権」が失われているのであるから、借地権の経済的価値の有無に拘らず減価の要素となることは当然である。

(四) しかるに原判決は、「証人外山喜一の証言に徴すれば、右借地権割合は当該地域における標準的な地代のもとでの標準的借地権を前提として定められたものであることが明らかであるから、たとえば、……地代が著しく高額に定められている場合などのように右の前提条件を欠く借地権の評価について、右の標準的借地権割合をそのまま適用することはもとより相当でなく、……調整を図る必要があるものというべきである」として、借地権割合を二〇パーセントとして、これを自用地としての価額に乗じた額を本件貸宅地の価額として被上告人の評価を正当としている。

(五) このことは、右公表された評価通達並びに東京国税局長の借地権割合の定めに基く上告人の課税要件に対する予測可能性を奪うものであることは明らかである。

けだし、原判決の判示する如く評価通達にいう「借地権」は「標準的な地代のもとでの標準的借地権」を意味し、「地代が著しく高額に定められている場合」等はこれに該らないというのであれば、「標準的な地代のもとでの標準的借地権」の判定の基準が(必ずしも一義的固定的括一的定義でないにせよ)示されていなければならず、さもないと内部通達としている機能すら発揮できず、いわんや国民に対する行為規範としての役割を果し得ず、納税義務者は「騙し打ち」によって過少申告加算税という行政罰まで課される結果となる。

(六) いわんや後述のように、借地権割合を二〇パーセントとする特段の合理的根拠も必要もなく、また「借地権」という法律上の概念を「借地権としての経済的価値はほとんど認識されず」(原判決一四丁表)という経済的概念乃至経済的効果におきかえたうえで評価通達にいう借地権は「標準的な地代のもとでの標準的借地権」を意味すると判示することは憲法八四条の租税法律主義の派生原則たる課税要件明確主義に反すると共に納税義務者の予測可能性を奪う判決たるを免れない。

二、原判決には、判決に影響を及ぼすべき事実誤認並びに法令解釈の誤りがある。

(一) 原判決は、

イ 借地権の設定に際し権利金等を授受する慣行のある東京都のごとき大都市において、借地権それ自体が独立の取引対象とされ、借地権価額あるいは借地権割合なるものが形成されているのは、主として、借地人に帰属している右の経済的利益を評価したものであると解される。したがって、このようなものとして借地権価額は、実際に支払う地代の高低と密接な関係をもち、同一の借地であっても、地代の高いものは借地権価額が低く、地代の低いものは借地権価額が高いという関係に立つということができる。……そうすると、借地権の設定に際し権利金等を授受する慣行のある地域であるにもかかわらず、その授受がなく、このため地代の額が相当賃料によって定められ、近隣における地代と比較しても著しく高額であって、借地人に帰属すべき右の経済的利益を認めることができず、その反面、土地保有者がかかる高額の地代を収受することによって当該土地の資本的活用を十分図ることができる場合(すなわち、地代の資本還元額が当該土地の自用地としての価額と等しくなるような場合)においては、借地権としての経済的価値はほとんど認識されず、当該土地の底地価額は自用地としての価額とほぼ同額に評価されるべき理である。」という前提のもとに

ロ 「相続税財産評価に関する基本通達によれば、借地権の設定されている貸宅地の価額は自用地としての価額から借地権価額を控除した価額によって評価し(同通達二五)、右借地権価額は自用地としての価額に国税局長が別に定めている借地権割合を乗じて計算した価額によって評価する(同通達二七)こととされている。そして、本件土地を含む近隣地域について国税局長の定めた借地権割合が八〇パーセントであることは、当事者間に争いがない。この借地権割合による評価にあたっては、原則として個別の借地権の契約内容等は考慮されないのであるが、証人外山喜一の証言に徴すれば、右借地権割合は、当該地域における標準的な地代のもとでの標準的借地権を前提として定められたものであることが明らかであるから、たとえば、権利金等授受の慣行のある地域においてこれが授受されないため地代が著しく高額に定められている場合などのように右の前提条件を欠く借地権の評価について、右の標準的借地権割合をそのまま適用することはもとより相当でなく、前記(二)の見地に立って調整を図る必要があるものというべきである。」としたうえ、

ハ 本件における「借地人たる漆原不動産は、本件土地を利用するために近隣の多くの借地権の地代率を一〇パーセント以上、市中金利を四パーセントも上回る著しく高額な地代の支払いを必要とするのであって、借地権価額を評価する基礎となる前記の経済的利益を享受しているものとみることはできず、一方、土地所有者としては、右高額な地代を収受することによって投下資本に相当する利益をあげることが可能なものということができる。してみると、このような異例の借地権の評価については、国税局長の定めた前記の標準的借地権割合八〇パーセントをそのまま適用する余地はないものというべきであり、借地人に帰属する経済的利益のみを基準として右借地権を評価する限りは、これに価額を認めることは困難であって、底地価額が自用地としての価額とほぼ等しくなるとみるほかはない。」と判示し、次いで

ニ このような借地権であっても、前記のとおりその法的保護等のゆえに土地の価額の評価になんらかの影響を及ぼすものであるし、また、権利金授受の慣行のない地域についても従来から一般に借地権割合が二〇パーセントとみられているという証人外山喜一の証言をも勘案すれば、本件において、被告が借地権割合を二〇パーセントとし底地価額を自用地としての価額の八〇パーセントと評価したことは相当として首肯しうる。というのである。

(二) そこで右各点について順次検討する。

1 右イの判示の如く、借地権が独立の取引対象とされ、借地権価額が形成されるのは、借地人に帰属している経済的利益を評価してのことであるとしても、右経済的利益とは、地代の高低そのものか、地代の高低が主たる部分を占めるといいうるであろうか。少くとも本件全記録を通じても、これを首肯するに足る証拠はない。

借地権が取引の対象とされ、借地権価額が形成され或は権利金の授受が行われその額が決定される要因としては、或るときは場所的有利性か或るときは転貸又は借地権の譲渡の予めの承諾料が、それぞれ主因を占め、また、借地権の残存期間の長短が借地権価額を大きく左右する。後者は、期間満了の際の更新料を考慮してのことにほかならない。

2 地代の高低が借地権価額決定の主因であるという判断は、次の点からみても失当である。

A 使用貸借に基き堅固な建物(鉄筋コンクリート造地下一階、地上六階建)を建築した場合の使用借権の経済的利益は(地代零であるから)自用地の時価と同額となる理であろう。しかしかかる場合は課税庁は借地権割合と同一の割合並びに額となるものとし、裁判所はこれを正当とする(東京地裁昭和五四年三月五日判決、シユトイエル二〇九号一頁)考えとは明らかに矛盾する。

B 普通建物を目的とする賃借権と堅固な建物を目的とする賃借権は、土地の利用効率に大きな開差があるから、地代もまた大きな差等を生じ後者を目的とする賃借権の地代は著しく高額である。しかし、借地権価額は、堅固建物を目的とする方が低額であるという実例がこの世に存在するであろうか。断して然らざること明らかである。

C また借地権価額決定の要因としては、非堅固建物を目的とするか堅固建物を目的とする賃借権か否かが大きなウエイトを占める。何故なら、借地期間が前者は二〇年又は三〇年に対し後者は三〇年又は五〇年という大差があり更新料の支払回数にも大きな差が生ずるからである。

D 権利金の授受と借地権価額との間にも直接の関係はない。明治、大正の時代から継続して賃貸している土地を例にすれば、もとより権利金の授受がなかったが、それ故に地代が高額であるとか、借地権価額が低額となるという事実はない。むしろ戦前からの賃貸借については、地代家賃統制令の適用があるケースも多く、地代は低額におさえられている。しかし、それ故をもって借地権価額が左右されている事実はなかろう。

3 右イの当該土地の資本的活用を十分図ることができる場合(すなわち、地代の資本還元額が当額土地の自用地としての価額と等しくなるような場合)においては、底地価額が自用地としての価額と同額に評価されるべしとか、右ハの投下資本に相当する利益をあげることが可能であるから、通常の借地権割合をもって評価し得ないとする判示は次の点に照して誤っている。

A 明治大正の昔から賃貸している土地は、既に投下資本に相当する利益をあげ、資本還元額が当該土地の自用地としての価額以上のものとなっているから、借地権割合は無きに等しいという理が天下国家を適用するということは断じてあるまい。

B 高額な地代で賃貸借が開始したときは長期間(一〇年乃至二〇年)にわたって地代値上げはあり得ず、裁判所もまた認めないであろう。

そうだとすれば、権利金を授受した賃貸借の地代に比して、権利金の授受がない賃貸借の地代が高額だとしても前者は遂年地代が増額するのに対し、後者は長期に亘り増額の可能性がない(現に本件地代も契約当初より増額の事実は全くない)のであるから、地代の差は年々少額となる。

そもそも権利金の授受のない場合の「相当な地代」として、税務通達は「土地の更地価額に対しておおむね年八パーセント」と定めており(法人税基本通達一三―一―二、旧法人税取扱通達第三〇、第二13)上告人と訴外漆原不動産間の地代も昭和四〇年当時の更地価額の八パーセントを指標として契約されたものである(原判決は、「本件土地の自用地としての価額の約一二パーセントにあたる」としているが、右に「自用地としての価額とは評価通達に基く価額、換言すれば、相続評価額であるのに対し、右法人税基本通達にいう「更地価額」は市場時価を指し、上告人と訴外会社の地代決定の基準となった価額も後者である)が、右法人税基本通達が新設された昭和三六年当時、いかなる考慮が働いて年八パーセントという率が決定されたかというと「通常の地代の率というのは……大体四パーセントから五パーセントが相当であると考えられたところから、底地価額に対し年四パーセントないし五パーセントの地代率によって「相当の地代」の額を算定すべきであるという意思」と「他方において、年四パーセントないし五パーセントの地代率は、年の経過とともに上昇傾向にある地価に対しいつの時点をとってみても底地価額の平均利まわりとしてみられる割合であって、通達で定めようとしている「相当の地代」は……権利金の額に換算される土地の土地権の価額を資本として運用する場合、どれだけの利まわりを予定しておけばよいかという考え方で………国債の応募者利まわりが年六、二パーセントとなっていましたので、これに固定資産税等の租税公課を加え、年八パーセントという線に落ちついた」のである(高木文雄著借地権の税務、九八頁以下)。したがって、「相当な地代」の増額とか値上げははじめから考慮に入れられておらず、「地価上昇にスライドして地代の引上げをする必要はありません」(高木前掲書一〇〇頁)ということになる。

4 してみると、原判決のいう如く「借地人が「多くの借地権の地代率を一〇パーセント以上、市中金利を四パーセントも上回る著しく高額な地代の支払を必要とするのであって借地権価額を評価する基礎となる経済的利益を享しているものとみることはできず……底地価額が自用地としての価額とほぼ等しくなるとみるほかはない」との判断は、その前提において誤っている。

右にいう「多くの借地権」の地代は年々上昇し本件の如き「相当な地代」は上昇することはまずあり得ないこと、従って仮りに市中金利を四パーセント上回っていたとしても地価が上昇しても「相当な地代」は上昇しないから、その利回りは逐年降下し原判決のいう「多くの借地権」や「標準的借地権」と終局的には異るところはなく(否、地価上昇が急なときは「相当な地代」の方が不利となる)、借地人は逐年受ける「経済的利益が増大するのであるから、原判決のいう如く「底地価額が自用地としての価額とほぼ等しく……被告が借地権割合を二〇パーセント……と評価したことは相当」であるとすることはできない。

5 また「地代例七六件……(のうち)地代額の正面路線価格に対する割合が五パーセントを超えるもの七件……平均割合は一、七パーセント」の判示も七六件の抽出方法、その実在性はもとより、堅固な建物を目的とする本件貸地と比較するに足る借地条件を前提とするものでもないことを考えると、本件借地権評価において考慮することは相当でない。

よって、原判決は借地権割合を判断する前提たる事実を誤認し、その結果判決に影響を及ぼすべき借地権の「時価」ひいては本件「貸宅地」の「時価」の解釈を誤ったことは明らかである。

第二、(生前贈与の存否)

原判決には、判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認があり、その結果法令違背を結果している。

即ち、原審は、上告人徳蔵の普通預金口座に入金されている事実をもって直ちに贈与と推認することは経験則に背反すると共に「入金」という単独行為によって贈与が成立するという法令解釈の誤りをおかしている。 以上

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